それでも僕はやってない 〜濡れ衣を着せられた乳酸の半生〜

体育の授業での整理運動や部活でのダウン。学生時代に皆やってきましたよね。その際、こう思ったことはないでしょうか。

「ダウンって本当にいるの!?」と。

準備運動やアップの必要性はまだ分かります。いきなりは体動かないし。でも運動後のダウンは何で必要なの??余計に動いたらその分余計に疲れるだけじゃない??

小さい頃の僕はそう思っていました。何なら中学生くらいまで思っていたかも。実際に僕と同じ疑問を持っていた人、少なからずいますよね?

ということで、昔の僕の疑問に10年越しに答えてあげようと思います。

まず結論、運動でできた乳酸を流すためです。ここまでは知っている人も多いでしょう。以下、詳しく解説していきます。

○まずそもそもなぜ運動すると乳酸ができるのか

運動のエネルギー源であるATPは解糖系を経て得られますが、解糖系を回すにはNAD+という物質が必要です。有酸素状態ではNADHは酸素へH+を押し付け、NAD+(と水)が作られます。一方、無酸素状態では、解糖系によって生じたピルビン酸へとNADHのH+が押しつけられ、NAD+と乳酸が生じるのです。生じたNAD+は解糖系にて再利用されます。

つまり、乳酸はエネルギー産生の副産物なのです。

○どうやったら乳酸値は下がるのか

乳酸ができる仕組みは分かりました。ではどうやって乳酸値を下げればいいのか。

そこで出てくるのが皆さんご存知ダウンです。運動後の血中乳酸量は受動的回復時(マッサージや休養等)より能動的回復時(ジョギングやストレッチ等)の方が減少が早いことが分かっています(Menziesら,2010)。

○ダウンの運動強度はどれくらいにすれば良いのか

これについて考えるヒントとして、乳酸性作業閾値(LT値)とボルグスケールというものがあります。LT値とは運動強度を上げていった際に血中乳酸濃度が急激に上昇し始める境目の強度のこと、ボルグスケールとは運動を行った際の疲労度、きつさの程度を主観的に表した指標のことです(下図参照)。LT値と対応するボルグスケールは、13〜14とされています。

出典:室伏広治スポーツ庁長官が直伝! 疲れを明日に残さない「アクティブレスト」のススメ|スポーツ庁 Deportare

ランニング後の能動的回復時の乳酸減少量は、高強度(LT値の60〜100%)の方が低強度(LT値の0〜40%)よりも早いことが分かっており(Menziesら,2010)、また、サイクリング後に能動的回復時の乳酸減少量、80%LT時において最も多かったことも分かっています(岩原ら,2007)。

LT値の80%に相当するボルグスケールは10〜11であり、楽である〜気持ちきつく感じる程度の強度でダウンをすれば良いと考えられます(Shirley Ryan AbilityLab,2018)。

そもそも乳酸があると何が悪いのか

乳酸が蓄積する環境下では乳酸とセットで水素イオン(プロトン)ができ、筋肉が酸性へと傾きます。代謝性アシドーシスの一種です。その代謝性アシドーシスにより、筋肉を動かす酵素が影響を受けるのです。

酵素には働きが最大化するpHがあります。至適pHというやつですね。代謝性アシドーシスにより、エネルギー産生に必要な筋肉の酵素の至適pHから外れることで働きが鈍くなるのです。

以上のような理屈が長年信じられていました。含みがある書き方ですね。詳しくは後述します。

○乳酸は実はそんなに悪いヤツじゃない?

先ほど、乳酸(正確にはプロトン)により代謝性アシドーシスが起こり筋肉の働きが鈍くなると述べました。もちろん、極端なアシドーシス状態では酵素活性は落ちますが、実は以前思われていた程劇的な出力低下は起こらないことが分かってきました。筋肉のパフォーマンスの低下は、特定の1つの物質が原因というわけではなく、乳酸を含めた複数の要因が複雑に絡み合うことで生じるという多因子説が現代の主流です。

乳酸はあくまで代謝の限界、すなわち疲労を示すシグナルなのです。つまり、乳酸があるから疲れるのではなく、疲れている部位に乳酸ができて溜まってしまう、という話です。

むしろ乳酸はいいヤツだという考えすらあります。Brooks(2018)によれば、乳酸の大部分は筋肉や心臓、組織でエネルギー源として酸化されます。また、一部は肝臓における糖新生の前駆体としても働きます。このように、乳酸がエネルギーやシグナルとして作用する仕組みを乳酸シャトル説といいます。

ということで乳酸は実は別に悪いヤツではなかったんですね。蓄積しすぎると問題を起こす可能性は否定できないが基本的にはむしろ良いヤツ、というのが現代科学における乳酸の立ち位置です。

人類は過去、乳酸を疲労の原因だと忌み嫌ってきたし、今もその認識の人は少なくないでしょう。しかしこれは全くの冤罪です。かわいそ過ぎます。

この誤認に関して、諸悪の根源は英国の生理学者アーチボルド・ヒルが100年前に行った実験です。ヒルは切り出したカエルの足の筋肉に電気刺激を与える実験をしました。実験において足が動かなくなった時、そこには大量の乳酸が蓄積していたのです。ヒルはこれだけで、乳酸と疲労を結びつけてしまったのです。ヒルはノーベル賞受賞者であったため、この説は大衆に瞬く間に広まっていったのです。

このようにして、乳酸は謂れのない十字架を背負うことになったのです。

○乳酸が悪いヤツじゃないならなぜダウンが必要なのか

ここまで読んで、乳酸が悪者じゃないならダウンする必要はないんじゃないかと思った人もいるでしょう。実際に、ダウンが怪我の発生率を統計的に有意に下げるという明確な証拠が見つかっていないのも事実です。

ではなぜダウンをしなければならないのでしょうか。

その最大の答えは、血流を維持できるからです。

筋肉に溜まった乳酸が血流に乗って全身を巡ることで先述の乳酸シャトルにより、各臓器や別の筋肉による分解、肝臓による糖新生を亢進させることができるのです。要は乳酸は、その場にとどまり続けたら良くないが、全身に回れば良い効果をもたらすのです。

また、血流の維持には、筋肉に蓄積している疲労の原因物質を流し出し、回復を早める効果もあります。

つまりダウンをすることで、乳酸を燃料として使用し、疲労物質を流すことができるのです。

また、乳酸が関係する話以外にも、循環器系を安定させるメリットはあります。激しい運動中は筋肉がポンプのように動いて血液を心臓へ押し返しています。運動を急に止めるとこのポンプ作用が弱まり、血液が下肢に溜まって脳への血流が一時的に低下してしまうことがあります。その結果、めまいや失神が引き起こされます。

ダウンにより徐々に運動強度を下げることで心臓への血液還流を助け、運動後のめまいや失神を防ぐのです。

以上、ダウンの必要性は分かってもらえましたか?

部活のきつい練習の後はダウンするのも嫌になるくらい疲れていますよね。僕もそうです。でも、きつい練習だからこそしっかりダウンをやって疲労回復を促進した方がいいんです。

ダウンめんどいなーって思った時はぜひこのブログを思い出して、ランニングやストレッチに取り組んでみてください。

○参考文献

Menzies, P., Menzies, C., McIntyre, L., Paterson, P., Wilson, J., & Kemi, O. J. (2010).
Blood lactate clearance during active recovery after an intense running bout depends on the intensity of the active recovery. Journal of Sports Sciences, 28(9), 975–982.
https://doi.org/10.1080/02640414.2010.481721

スポーツ庁. (n.d.). ライフ・健康に関する記事(post-116).
https://sports.go.jp/tag/life/post-116.html

Iwahara, F., Ito, M., & Asami, T. (2003).
Effect of cooling down on blood lactate removal and anaerobic workout in exhaustive cycle ergometer exercise. Japanese Journal of Physical Fitness and Sports Medicine, 52(5), 499–511.
https://doi.org/10.7600/jspfsm1949.52.499

Shirley Ryan AbilityLab. (n.d.). Borg rating scale of perceived exertion.
https://www.sralab.org/rehabilitation-measures/borg-rating-scale-perceived-exertion

Brooks, G. A. (2018).
The science and translation of lactate shuttle theory. Cell Metabolism, 27(4), 757–785.
https://doi.org/10.1016/j.cmet.2018.03.008

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